日記

親父が現金300万円を封筒に入れて帰ってきた

小学生の頃に親父が封筒に入れた札束を持って帰ってきた。なぜ現金でわざわざ持って帰ってきたのか、それをどのようにして得たのかは記憶にないが、初めて見た札束というのは衝撃的だった。小学生の頃は一万円を見ることも、当然所持することもほぼなかったので強烈に印象に残っている。

急にこんな話を始めたのは、このシーンが夢に出てきたからだ。夢はどちらかというと過去に知り合った人たちと時系列に交わるはずがないのに一緒に何かをしているパターンが多いが、これは過去の記憶そのままだったように思う。

じっくりと兄と二人で丁寧に札束の帯をほどき、床に並べたのは今でも覚えているし、夢にもしっかりと出てきた。一枚一枚並べていき、十枚のエリアを十箇所作り、その束が百枚の一万円札で構成されていることを確かめた。三つある束全てでその作業をこなした。なぜ、そんなことをしたのか今となってはわからない。あの薄っぺらい百万円の束に本当に百枚も札があるのかを検証してみたかったのだろうか。視覚的に金額に対しての刺激が足りなかったのでその実感を得たかったのかもしれない。この文章を書きながら、もしかしたらどさくさに紛れて一枚くらいちょろまかしてもバレないだろうし、その機を伺っていたのではなんて思ったりもしたが、そのときは微塵も思わなかったはずだ。金に目がくらむのは子供だろうと大人だろうとあることだが、当時は驚きと興奮でそれどころの騒ぎではなかった。

あれは何だったんだろう。平成の初めとはいえ、現金でなければ高額な支払いができないということでもなかっただろう。その昔の給料袋を持って帰ってきて一家の大黒柱としての威厳を示そうという意図があったのかもしれない。もう覚えていないだろうな。

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