日記

伝説の柔道家、石井慧選手について語りたい-オリンピックに触発されて

今日は伝説の柔道家である石井慧選手について書きたい。

書こうと思ったのは、東京オリンピックの柔道日本勢の快挙(金9銀2銅1)を見てもなお、2008年北京オリンピックの石井選手の活躍が鮮明にフラッシュバックして、当時受けた衝撃の大きさにに気が付いたからだ。オリンピック、柔道という言葉から連想されるのは、2008年から今、そしてその先まで石井選手の活躍に変わりないと思う。ということで、この記事では石井選手の活躍がどれほど偉大であったかについて、私の記憶と事実を整理するためにも書いていきたい。

まずは当時の時代背景について振り返りたい。2021年現在、メダル数(男子のみで金5)からわかるように日本は圧倒的な存在感を放っている。しかしながら、石井選手が活躍した2008年前後の日本勢の国際戦の結果はあまり振るわなかった。2007年にブラジル、リオデジャネイロで行われた世界柔道選手権大会では男子は金1銅1、2008年北京オリンピックでは金2(うち金1は石井選手)、2009年オランダのアムステルダムで行われた世界柔道選手権大会では銀1銅1という結果だった。

結果参考: https://www.judo-ch.jp/result/wjc/

競技としての柔道のルールが変わり、もはや柔道は「JUDO」となり別のスポーツに変わりつつあると言われていたのがちょうどこの頃だと記憶している。それまでの柔道は組み合って投げるというのが基本であったが、レスリングさながらの組み付いた瞬間に投げたり、激しい組み手争いをして徹底的に組むことを嫌い相手に技をかけさせずにポイントで勝ち切ったりするスタイルが国際戦では全階級で行われるようになっていた。競技の変化に苦しまされていたのが2000年台後半だった。

そこまでの柔道ファンではなかったが、2007年嘉納杯(主要な国際大会で現グランドスラム・東京)100㎏超級の試合はたまたま見ていた。その決勝戦、石井選手と井上選手の試合は衝撃的だった。

試合動画参考: https://www.youtube.com/watch?v=HBVM40oA1K8

井上選手は切れ味鋭い内股を武器に世界大会で何度も優勝しているレジェンドで優勝の筆頭候補だったが、その井上選手に対して僅かな効果のポイント差だけで勝ちきった。井上選手に対して、徹底した組み手争いをしてやりたいことをさせずになんの得点も渡さずに完封した。当時の日本柔道はまだ一本で勝ち切ることが重要という考えが色濃く残っていたが、石井選手はとにかく勝つことにこだわりプレーし、そして勝ちきった。まるで海外の選手がするようなプレースタイルを日本人がしていて、そして僅差で勝ちきるというのは衝撃的だった。当時の動画の解説やコメントなどを見ても、石井選手のプレースタイルに対してはやや否定的なものもあったが、私はこの試合を見て、ついに日本にもルールの変更に対応した選手が現れた、間違いなく世界戦でも勝てると感じた(重量級はその当時も結果を出していたが、石井選手の存在はそれをより強固にするものだった)。井上選手に何もさせないことがどれほど大変なことであるかは想像もつかない。それをこの舞台でやりきったのが石井選手だった。

そして翌年、2008年の全日本柔道選手権でも石井選手は勝つこと目的とする徹底した柔道で、2007年の世界柔道選手権大会の覇者である棟田選手を破り、決勝では2003年の世界柔道選手権大会の覇者である鈴木選手を破り優勝した。棟田選手に対しては、序盤の指導差をそのまま逃げ切り勝利、鈴木選手に対しては序盤の技ありと有効を守りきり勝利となった。決勝では、警告まで与えられながらもポイント差の僅差で勝ちきった。この全日本柔道選手権の結果を以って北京オリンピック日本代表に確定した。

試合動画参考(準決勝): https://www.youtube.com/watch?v=OZDb8Bv0x04
試合動画参考(決勝): https://www.youtube.com/watch?v=WJhyJggUmpQ

石井選手の強みは勝つためのルールへの理解と対応が他の選手より優れているだけではなかった。もうひとつの強みは圧倒的なスタミナだった。現在の柔道の試合時間は4分とその後のゴールデンスコア方式であったが、当時の柔道は6分で有効や指導のポイント差で決着をつけるものだった。その6分を通して高いパフォーマンスを発揮していたのが石井選手だった。2008年オリンピック決勝、相手は後半明らかにバテているように見えたが石井選手はそのようなところを一切感じさせないプレーで勝ちきり史上最年少の最重量級での金メダルを獲得した。

試合参考動画: https://www.youtube.com/watch?v=4P_nCTUoTSM

もちろん、決勝戦まで勝ち上がるための試合を含めた疲労感があるには違いないだろうが、そういったものを一切見せずに消極的指導を取られないように常に足をだし、体を動かし相手を圧倒した。この圧倒的なスタミナに関しては、以下のようなインタビューも残っている。

自分は一番練習している自信はあります。でもそれは人がやっているから、ということではありません。オーバーワークではないかといわれることもあるけど、オーバーワークは一流選手が使う言葉。自分はまだそこまで達していないのです。練習の質を高める努力をすることはあっても、量を高めようとする人はいません。自分は量が質を凌駕することもあると思っています。ですから自分はどんなときでも何かしら体を動かすようにしているのです

第26回 柔道 石井慧選手 (1/2) - アスリートメッセージ - JOC

バテないスタミナは1日で複数の試合をこなさなければならないトーナメント戦において必須で、それを普段の練習量とトレーニング量で培ってきている。世界一練習しているというのは、体力的にも彼を支えていたであろうし、精神的にも自らを支える自信となったのではないだろうか。

肉体だけではなく精神的な強さについても触れておきたい。オリンピックに出場して競うプレッシャーそのものが、我々のような一般人には到底体験できないし理解することもできないものだが、彼はそれ以上のものを背負っていた。まず、柔道といえば日本のお家芸で当然金メダルを取ることを期待されている種目だ。特に前述の通り、競技ルールと世界のプレースタイルの移り変わりへの対応が遅れた日本柔道はその逆転劇が期待されており、勝利へのプレッシャーが相当にあったことは想像に難くない。

さらに試合前の監督からのメッセージも凄まじいものがある。

日本選手団の男子柔道の監督であり、国士舘大の先輩でもある斉藤仁氏から「日本選手権王者のお前の負けは、日本の負けだ」と言われていた石井は決勝戦で冒険をしない、負けない柔道で金メダルを手にした。技のポイントはなかったが、攻め続けて相手の指導のポイントで勝つ堅実な戦法に「完全に勝ちに行きました。決勝戦の柔道が自分の柔道です」と胸を張った。

「斉藤先生のプレッシャーに比べたら…」オリンピック名言集 選手編 - 北京オリンピック : nikkansports.com

石井選手は言葉の通り、日本の柔道を背負って戦っていた。日本選手権の王者となり、実質世界最強を争う100kg超級の試合を戦うことは全日本の柔道家を代表して世界と戦うことと言い換えても過言ではない。若干21歳でその期待を背負うことがどれほどのものであっただろうか。加えて、オリンピックの柔道競技の最終日までの日本男子のメダルは66kg級の内柴選手の金1つのみで、柔道の生まれた国、日本チームとして絶対に譲れない階級が100kg超級だった。その重圧を見事にはねのけて金メダルを獲得したのが石井選手だった。当時は結果を見て、まあ当然勝つよな(国内の試合内容を見て強かったため)くらいにしか思わなかったが、あとから振り返るととんでもないことを達成した選手だという考えに変わった。これだけ大きなプレッシャーを背負って最高のパフォーマンスを出し切り優勝したのは並大抵のことではない。

また、当時の他階級の結果から推測できるのは、日本チームとしての強化方針が世界で勝つためのものと合致しなかったのではないかということだ。それまで強い日本チームであったのにメダル争いにさえたどり着けない階級が増えたのは、全体としてのチーム力の低下があった見ても良いと思う。その中で、結果を出せたのは自身に課した圧倒的なトレーニング量と、海外遠征などで培った経験があったからだろう。日本全体として育成力や他国に対しての分析力が上がり勝った大会と違い逆境で勝つことのほうが、「私は」偉大なことだと思う。だからこそ私の印象に強く残り続けている。

そしてなにより、強調しておきたいのは石井選手の勝利へかける執念だ。これは私が彼の試合を見てすぐに感じたことで、その後のインタビューや記事などで確信を深めたものだ。国内のオリンピック選考のための試合全てで他選手とは異なった目の色、雰囲気を醸し出していたのが石井選手だった。これについてはお前がそう思うだけだろうと言われればそうなのではあるが、試合の展開や雰囲気からとにかく勝つ、それが全てだという執念を感じたのは石井選手だけだった。長々と実績や体力、精神力の強さを書いたが、実際のところあの狂気じみた雰囲気が最も衝撃的だったのかもしれない。

石井選手は北京オリンピック終了後に格闘技界に転向してしまい私は非常に残念に感じたが(もっと柔道を続けてほしかったという意味で)、それはこの結果に対しての評価を変えるものでは一切ない。

最後に余談を少々。あまり格闘技に関しては興味がないのでそれ以降についてよく知らないが、今回のオリンピックでまた石井選手のことを思い出し、Twitterのフォローをした。まだ現役で活躍しているようなので、新しい試合情報などがアップデートされたら、ルールなどはよくわかっていないがまた試合を見てみたいと思った。

私のYouTubeちゃんねるや配信で石井選手のことを話してもいまいちピンとこない人が多いだろうと思い、ブログにまとめた。私と同じような思いを持っている人はたくさんいるだろうし、そういった人が読んで共感を得てもらえると幸いだ。

内容に誤りがあるようならコメントでお知らせください。長いことまとめたかったけどきっかけがなく、まとめられなかった石井選手の伝説について、東京オリンピックに触発されてでした。それでは。

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