日記

氷を食べる習慣の再来。

氷を食べるのが好きだ。冷蔵庫の前を通り過ぎるたびに、ひとつふたつ口に放り込む。味がついていない、ただ水を冷やして固めただけのただの氷がいい。

氷を食べるのが好きな人は一定数いるそうで、定義によると氷を一日に製氷皿一杯分食べるようになると氷食症と呼ばれるらしい。症とついているが、氷を食べることによる具体的な健康への悪影響はほとんどない、と感じている。お腹が冷えるとか、水のとりすぎになるとか、口内やお腹が過度に冷却されすぎるだとか、懸念されることは多々あるが氷による体調不良を感じたことはない。

なので、それほど氷食症にかかっていることに関して問題は感じていない。むしろ、氷をバリボリと噛み砕くことに酔って顎の筋肉が発達するメリットさえあるのではないかと思っている。私の歯並びの良さは、ほぼ遺伝と少しの氷トレーニングのおかげだろう。

歯並びの良さを示す参考画像を念の為置いておこう。

氷食症でない人にはなぜ氷が食べてくなるのか理解ができないと思う。実は、食べている側もわかっていない。氷の味がおいしいとか体を冷やしたいとか、そんなことではなく冷蔵庫の前を通ると反射的に冷凍庫の扉に手をかけて氷を口に入れてしまうのだ。

更に、医学的にも氷食症の発症要因というのはわかっていないらしい。鉄分の欠乏により氷を食べるというのは一つの要因としてあるようだ。だが、鉄欠乏の状態になくとも氷食症にかかっている人はいる。現に私も鉄分が欠乏していないのにも関わらず氷を貪っている。

ならば氷がないと過度に氷を欲する禁断症状に陥るのかといえば、そんなこともない。ひとたび愛しい氷が詰まった冷凍庫のある我が家を離れて連続して外泊した場合、氷が簡単に手に入らないが、それはそれで別段問題を感じない。実際のところ氷のことが頭に浮かぶことすらない。アルコールやタバコの中毒性のように、ふとした時に氷を欲することはない。氷が手に入る状態になることが、氷を欲し、口に運ぶトリガーになる。したがって、氷が手に入らない環境に移り住めば氷食症は、さっとその姿を消すことになる。

一人暮らしをはじめてから氷を作るのが面倒で、氷を食べる習慣はなくなっていた。氷作りは小さな冷凍庫だと案外大変だ。一人暮らしで食べがちな冷凍食品や、作りおきの食べ物、一度に食べきれなくて余った材料などが入るとスペースの確保が困難になる。それに、衛生面にもある程度気にしなければならない。他の食品であれば袋や何らかの包装があるので、それほど気にしなくてもいいかもしれないが氷の場合はダイレクトに庫内環境の影響を受ける。

実家を離れて一人暮らしを初めて約十年になる。これまで氷不足に悩まされたことはなかったが、最近氷をまた作るようになった。理由はよくわからない。牛モツの下処理に氷が必要で、スーパーで氷詰め合わせを買い、ちょこちょこ食べて感動を再体験できたというのがきっかけだと思う。ただ、今までも氷を食べる以外の用途で買ってつまみ食いすることはあっても、氷を作ってまで食べたいと感じたことはなかった。だから、これはあくまでただのきっかけで、何らかの変化が自分や環境にあったせいだろう。

心のゆとりと、時間のゆとりが戻ってきて、様々なことが変わりつつあるのだと思う。結局のところ、昔から好きだったものやことに割く時間が増えている。言わば子供化みたないことが進んでいる。老人になると生まれたての子供のように一人では何もできなくなり、また子供に戻っていくなんて言われることもあるが、どうやら普通よりも早くその領域に入りつつあるのかもしれない。

この先、若返りをするのか、はたまたそのまま老化していくのかはこの先五年くらいで見えてくるんだろうなと思う。

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