日記

旅行に行きそうで行かない。

ここ数年、旅行に出ていない。最後に行ったのは3年前の冬の松本市だと思う。外配信のために出かけたこと何度かあるが、配信ありきで旅行感はだいぶ薄れる。

ある程度有名な国内観光名所は行き尽くして、特に目ぼしい行き先がないせいなのかもしれない。私は生まれてからずっと東海地方に住んでいるので、そこから距離のあるところにはまだ行けていない。仙台以外の主要都市圏は行ったし、沖縄や北海道などの観光地にも行った。残すは東北、三陰三陽、四国と九州(福岡除く)だ。次に旅行に行くのならこのあたりのどこかにしたいのだが、なかなか気が進まない。

そうだ来週くらいにちょっと出かけよう、まずはホテルの予約くらいしよう。そして、実際に予約までする。ここまでは進むのだが、その予約から数日後にホテルのキャンセル料金支払い規定を眺めて、いつまでなら無料で取りやめることができるか確認し、料金発生の少し前にキャンセルしてしまう。直前になってまあ旅行なんて良いかと思ってしまう。

取りやめてしまう理由のひとつは交通問題にあると思う。公共交通機関で地方観光するのはかなり困難だ。電車やバスは一日に数本というレベルのところが多い。レンタカーを借りれば解決するのだが、どうも車の運転を旅先でしたいと思わない。もともと車の運転が好きではないということもあるが、やはり旅の醍醐味はなにもしなくてもいいし、なにも考えなくても良い長い時間が、強制的にもたらされる移動にあると思う。

もちろん次にどこに行くか調べたり、到着先でなにを食べるかを考えても良い。ただ、景色が変わりゆく中でぼーっとしていると、それだけで気分転換できて旅行感を味わうことができる。車の運転に慣れていてかつ好きな人ならば、ある程度の集中を保ちながらリラックスしてドライブでも同じような感覚が得られるのかもしれない。主に老人によるものだが、ここ数日車の運転による悲惨な事故が起きているが、万が一にも自分が誰かを傷つけるようなことは絶対に避けたいとも思う。田舎でも、観光地をうまくつなぐような移動手段が用意されていれば、重い腰が少しはあがるかもしれない。

もうひとつは金銭的な問題だろうか。旅行に出るだけでやはりそれなりに費用がかかる。直近で貯金が尽きるようなことはないし、それほど不安に感じているわけでもないと認識しているが、潜在的な危機感から散財に対してストッパーがかかるようになっているのかもしれない。

他に考えられるとしたら、その必然性みたいなところだと思う。今までの旅行は衝動的に行き先を決めて、計画もほとんど立てずに、思い立ったが吉日的に出かけていた。そんな突発旅行の前にはたいてい何かしらのストレスがかかっていた。主に仕事によるストレスであったが、その日常からの開放に旅行を使っていた。

外では太陽がさんさんと輝いているのに、面白くない会議のために小さな部屋で何時間も閉じ込められていると、どこかに出かけなければ頭がおかしくなりそうだった。よく使われる会議室には、日本の自然の魅力を豪快に表現した写真がセットになったカレンダーが飾られていた。春には満開の桜の花が、夏には大きなひまわりの花が、秋には真っ赤に色づいた紅葉が、冬には雪の降り積もった山頂が見事に切り抜かれていた。それを見るたびにせっかく出かけるのに良い時期なのに、なんてもったいないことをしているんだと感じた。

今、実際に自由な時間ができてみると、旅行を利用して季節ごとの自然を満喫したいとは思わなくなった。いつでも行けるから相対的に価値が下がったのかもしれない。もしくは、暇な昼間に散歩をしたりして、その季節のいいところを十分に味わているからかもしれない。そもそものストレスがないというのもあるだろう。

そんなこんなで、旅行に出かける気にならない。つい2、3日前にまだ行ったことのない地、山梨県甲府へ行く計画を立てたのだが、だるさが勝り断念。まあいつでも行けるし、そのうち行くか。行かないか。

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