日記

31歳、転職を繰り返し、会社を3つ辞めて無職になった話。1/6

2019/02/27

22歳で大学を卒業し、この約10年で3つの会社に勤め、3つ辞めた。今の時代、そんなに珍しくもないかもしれないが、この年代では平均よりは多く転職をしているのだと思う。

そして今、また無職となった。

インターネット配信上で、断片的にそれぞれの経緯を話したことはあるが、そんなこともずいぶん昔になってしまったので、ここでまとめてみようと思う。会社を辞めたいひとや、転職を考えているひとにとってなんらかの形で参考になれば幸いである。

職歴についての記事をひとつにまとめるのは困難だと思われるので、本稿を含めて全6つの記事に分けたいと思う。構成は以下の通りだ。

  1. 概要と会社に入る前の話。 (本稿)
  2. 1年と少しで新卒で入った会社を退職した話。
  3. 5年ぴったりで外資系企業を退職した話。
  4. 半年に満たないくらい職業訓練校に通い退校した話。
  5. 2年ぴったりで中小企業を退職した話。
  6. 今、無職になった話。

それぞれの記事で詳細を書いていきたいと思う。ざっと振り返ると、特に嫌なこともなかった気がするが、思い出すと実にたくさんのことがあった。嫌な記憶から順に消去されるというので、幸か不幸かすでに一部の記憶は完全に消え去ってしまっているのだろう。それらがすべて消えてなくなってしまう前に、私自身の備忘録としてもこの記事を書いていきたい。

次稿の「新卒で入った会社を辞める」に入る前に、簡単に私自身の自己紹介を本稿でしていく。そのほうが以降の会社選択や、退職理由の理解がしやすいと思われるからだ。

私は静岡県の田舎町で育った。みんなが公立の小学校に通い、そのまま地元の自分の学区の中学に進学した。田舎の一般的な幼少時代を過ごした。

勉強は苦手ではなかったので、地元では進学校と呼ばれる高校に入った。しかしながら、高校に入ると部活の忙しさなどから、それまでほど簡単に試験で高得点を取ることもできなくなった。ちょうど学力的には学年のど真ん中くらいにいたと思う。

センター試験もちょうど8割くらいの結果で、難関大学に合格できそうにはなかったので、あっさりと地元の静岡大学に入学した。ちょうどセンター試験のみで受けられる推薦制度のようなものがあり、それを活用した。無事センター試験の結果のみで合格が決まったので、それ以降の二次試験は一切受けなかった。

大学生活も適度に遊び、適度にバイトをしながら過ごした。飲み会にもよく参加し、典型的な暇な文系大学生の生活を送っていた。ただひとつ、他の人と違ったのは英語の勉強だ。とあることがきっかけで猛烈に英語の勉強をして、就職活動が始まる時期にはTOEICの試験で950点が取れるようになっていた(とあることについての詳細及び、英語の勉強方法はこちらのページ参照のこと。)。そして、その英語力が就職活動に活かされることになった。

就職活動の際に、あやしい就職屋さんから、自分が何を本当にしたいのか自己分析をしっかりするのが重要だ、そしてその分析に基づき企業を選びをすればいいなんてことを言われた。ものは試しだと思い実践してみるも、特にやりたいこともわからなければ、自分がどんな人間なのかなんてわかりもしなかった。

ぼんやりと考えていたのは、できることなら働きたくない、ただそれだけだった。そうは言っても、大学生が就職するのはごく当たり前のことでそれを避けるべきではない。働かずして食っていくことはそう簡単にできることではない。そう思い、就職活動をした。

就職活動は、前述した自分が何をしたいかという軸よりも、どの企業ならば自分を採用したいと考えうるかという軸で行った。私が就職活動をはじめたのが2009年の冬、ちょうどリーマンショックが起きて急激に景気が悪くなった年だった。たいした大学を出ているわけでもなく、英語を除き特別な技能もない自分がいわゆる人気企業に就職できるはずはないだろうと思い、最初から自分の能力を高く買ってくれそうな会社ばかり受けた。

英語が活かせそうな会社で思いつくのは商社とメーカーだったので、それらの中で海外との結びつきが強い会社をピックアップしてエントリーシートを提出した。全部で20社前後だったと思う。一部上場かつメーカーであれば、海外売上比率が40%以上とかそのあたりを基準にしていた。そこから誰でも名前を聞いたことのあるような大企業を除けばだいたい自分が受けた会社のリストになるだろう。

もともとそれほど入社が難しそうな会社はそもそも受けていないこともあり、それほど就職活動に苦労した記憶はない。通るだろうと思って受けたところが、おおかた通って、結果複数の会社から内定が得られた。

内定獲得後にようやく何を基準に選ぶか悩んだ。都内勤務のメーカー、商社、静岡県では有名なメーカー、別段こだわりもない。そこで最終的に決め手となったのは、年間休日日数だった。

ガツガツ働くのは避けたいとぼんやりと思っていたので、内定が得られた会社の中で最も休日日数が多い、およそ140日、の会社(静岡県では有名なメーカー)を選び入社することに決めた。振り返ってみるとこの頃からやはり労働に対してはかなりネガティブな印象を持っていたと思う。ただ、そうは言っても入社した以上、定年退職までは勤めたいとも考えていた。

そして、新卒のカードを切って入社した会社をわずか1年と少しで辞めてしまったわけではあるが、その詳細は次の記事で書いていこうと思う。

次の記事はこち「1年と少しで新卒で入った会社を退職した話。31歳、3回転職、今無職 2/6」

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