日記

私と音楽と記憶。音楽から思い出されること

ふと懐かしい曲を聞くとその当時のことを思い出したりする。今日は、自分が過去によく聞いていた曲を時系列順に紹介したいと思う。唐突に。

私は高校生くらいまで音楽を能動的に聞くことはなかったと思う。アニメの主題歌やテレビでよく使われる曲は知っていても、わざわざその曲名を調べてCDを買ったりすることはなかった。音楽を聞く習慣がなかったのは、両親の影響を受けていると思う。両親ともに音楽の趣味があるようには見えなかった。そのため、家に音楽を聞くための機器がなかった。強いて言えばプレイステーションがあったが、CD再生用に使われることはほとんどなかった。

そんな私が音楽に興味を持ち始めるようになったのは、パソコンを買ってからだ。パソコンを買ってインターネットに接続するといろんな音楽を聞くことができた。YouTubeなどの動画サイトの規制もそれほど厳しくなく、たくさんの音楽が見つかった。そもそも好きな曲もアーティストもなかったので、とりあえず売れているものはいいものであろう理論で、ミスチルとかB'zなんかを聞いてみたりしていた。それでもその当時はまだ好きな音楽のジャンルがはっきりと分かっていたわけではなかったので、他にも色んな曲を聞いていた。

大学生になって新たな友人もできた。iPodがヒットして、周りの多くの友人が音楽を再生するためのポータブルプレーヤーを持っていたと。HDDを搭載した80GBくらいのiPodに何万曲も入れてそれをシャッフルで聞いていると毎回意外性のある曲が流れて楽しいと言っている友人が、ドライブ中に結局それほど好きでもない曲を何度もスキップして飛ばして、しまいには自慢のプレイリストを再生していたのが思い出される。

ご多分に漏れず私もiPod touchを購入した。8GBくらいの小さな容量のやつだ。多くの曲を聞くわけでものないのでそれで十分だった。この頃から特定の曲をリピートして聞くようになった。よくリピートしていたのは、Mr.Childrenの明るい未来を感じさせるような曲が多かった。蘇生とか未来とかランニングハイとかパドルとかを聞いていた。その中でも最もよく聞いていたのは蘇生だ。私は通学中に電車で英語の勉強をしていたが、その勉強を始める前にこの曲を聞くことをルーチンとしていた。そうするとなんだかやる気が出た。そのころイチローのバッティングルーチンが大きく取り上げられていて、それを意識高い系の大学生が取り入れた形だ。

音楽の効果を実感しつつ他の楽曲も漁ることにした。勉強に集中するための音楽をJポップから探したが、どうにも自分にはまるものはなかった。というのは、言葉が流れてくると意識をそちらに持っていかれてしまい集中力を保つことができなかったからだ。そこで聞き始めたのが音声の入っていない曲だ。いきなりクラッシックに入るほどの度胸も教養もなかったので、まずは身近にあった坂本龍一の曲をいくつか聞いてみた。静かな曲調も多くなかなか良さそうに思えた。そこでAmazonで坂本龍一のCDを買うことにした。買ったのは音楽図鑑完璧版だった。これは私が初めて買った音楽CDだ(Mr.Childrenあたりは友人からCDを借りたりしていた)。初期の坂本龍一の楽曲がまとめられていて、なにかに集中したいときによく聞いていた。それから坂本龍一の曲を聞くようになったが、本格的にリピートするようになったのはもう少し先になってからだった。

坂本龍一の他の曲も聞いてみたいと思いインターネットで探してみてると、新しいものではなくそれよりも古いものがたくさん出てきた。坂本龍一単体での活動ではなく、YMOというグループ名義のものだった。試しにいくつか聞いてみるとどれも素晴らしいものばかりだった。東風、Rydeen、ビハインドザマスクなどなど見つけることが可能な限り彼らの過去にリリースした作品を聞いた。当初の目的は勉強に集中できるような作業用BGMを見つけることであったが、すぐにもっと曲を聞きたいというただの願望に変わっていった。YMOの発表曲数は十分に多いが、なにより良いと思ったのはライブバージョンのCDが大量にあることだった。同じ曲でも、それぞれ個性があり良さが違う。ライブのDVDを買う友人の気持ちが少しわかるような気がした。図書館にCDがほぼ全て置かれていたので、片っ端から借りてiPod touchに入れて聞いた。

私が最も好きなのはRiot in Lagosという曲だ。混沌を思わせる音楽でも刻まれているリズムは常に一定で、一見ごちゃごちゃしているように見える世界にも原理原則が存在することを映しているような曲なのかなと勝手に解釈して聞いていた。音楽を聞くことを主目的として、つまりなにか別の行動を支える作業用BGMのようなものではなく、鑑賞していたのはYMOが初めてだった。これらの曲が演奏されたのは1970年代、80年代でその当時でも30年以上も前であったが全く古さを感じさせない曲ばかりだと感じた。それについては今現在2020年でも意見は全く変わらない。今でも気に入っている曲は何度も聞き返している。

そして大学を卒業して社会人になった。聞いていた曲は変わらずYMOが多かったが、その当時精神的にもまいりつつあったこともあり、自分を鼓舞するような曲を聞いていたと思う。鼓舞すると言っても歌詞のついた応援歌ライクな曲はあまり好みではなかった。そんなときにリピート再生していたのは、サクセス最後の試合(パワプロ8)だ。この曲はパワプロ8というゲームの選手育成モードの最後の試合でかかる。私はそれほど野球に詳しくないし興味もないほうではあるが、育成ゲームが楽しくて学生時代によくこのゲームで遊んだ。最初から最後まで非常に熱い曲であともうひと踏ん張り頑張ろうなんて思える。はっきりと覚えているのはこの曲を転職面接に向かう新幹線の中で聞いていたことだ。これを聞きながら面接の受け答えのシミュレーションをした。

そのおかげもあってか無事転職は成功して、次の会社で働くことになった。序盤は割と平穏そのもので新しい曲を探したりすることはなかったような気がする。ほぼ変わらずYMOばかり聞いていたが、なぜか一曲、東京事変の閃光少女はよく聞いていた。リリースされた日もその時よりも随分と昔なので、どのようにして見つけて聞き始めたのか全くわからないが、たくさん再生したことは覚えている。記憶の場面として浮かぶのは初めての海外出張でアメリカに行くときの光景だ。飛行機に乗ってこれからなにか今までとは全く違う経験ができるのではないかと期待に胸を膨らませながら聞いていたように思う。全力で毎日を行きていこうみたいな歌詞で、その当時に自分が理想としていることを啓発しているような曲だった(はず)。

そのあたりから今に至るまでは、それほどたくさん聞いた音楽はない、と思う。インスト系統が聞きたいということでクラッシクを聞いたり、東京事変や椎名林檎の深堀りはしていると言えばしているがよく聞くのは今もYMOだ。

以上、このあたりの曲が自分の中では印象に残っているし、聞くとなんだか懐かしくなる。なんでこんなブログを書いたのかはわからないが、まあ良しとしましょう。そろそろYouTubeも再開でやることはあるのに、いやあるからこそこんなことをしてしまうんだろうなあとも思う。Absolute Ego Danceを聞きながら。

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