Zico39のいろいろ

Just another life

日記

バスに乗って席についた瞬間に社会の窓が全開なことに気がついたとき、君はどうするか。

浜松市は、地方都市にしてはバスの便がよく、私の住んでいるエリアなら日中は5分に1本はバスが通っている。もちろん電車と違って時間どおりに来るとは限らないが、適当な時間に家を出たとしても、ほとんど待つことなく、大抵の場合スムーズに乗られるので十分に満足している。また、バス停も複数利用できるのでいちいち時刻表で事前に調べる必要がなく便利だ。本数が少ないとそのために予定を合わせる必要があるが、これだけあるので困ったことはない。

週末、家にずっといるのも退屈なので、外の空気を吸うためにバスに乗って浜松市街地に出かけることにした。 歩いていっても良かったのだが、なんだか面倒だったのでバスにした。

徒歩で数分のバス停に着き、しばらく待つとバスがやってきた。いっちょ前に、浜松を走る遠鉄バスもICカードが利用できるので、ピッとやってからバスに乗った。夕方の出かける時間ということもあってか、座席はほぼ全て埋まっていたが、ちょうど一つだけ二人がけ席の片側が空いているところがあったのでそこに座った。

先に隣に座っていたのは、おそらく十代後半の女性で黒のストッキングにショートパンツのラフな格好をしていた。上着はパーカーだった。ジロジロとみたわけではないが(と思うが)、ストッキングには割と大きめの穴がいくつも空いてるのがすぐにわかった。

この手のものは、捨てるべきタイミングの判断が難しそうだなと思った。防寒という点で見れば二つ三つの穴は許容されるだろうが、外観としてはどうなのだろうか。ジーンズであればダメージ加工なんて言えるのかもしれないが、ストッキングの穴の味が出ることはたぶんないだろう。自分が女なら、まあこれくらいでもセーフと履き続けそうだなみたいなことを考えながら、ふと自分の足のつけに目をやるとチャックが全開だということに気がついた。

立っているときには気が付きづらいのだが、座るとちょうど股間部分に皺が寄るようになり、運が悪いとぱっかりと開いてしまう。今回のケースは完全にそれでグレーのパンツがはっきりと見えた。これから人通りが多いところに向かうので、むしろここで気がつけたのは幸運なことだというべきなのだろうか。

この場ですぐにチャックを上げると、周りに気づかれてしまう。すぐに動作に移るのは良くない。ここはひとまずその場を取り繕う動きが最善だ。焦らず、それでいてすばやく左手をその空白部分に置く。視線はもちろん前を向いたままだ。人は誰かの視線を追いかける習性があるので、確実に抑え込むために自分の股間に目をやるべきではない。これは基本的なマジックのテクニックでもある。

そしてその数秒後、いかにもくつろいだ様子で自然に股間部分に目をやる。そこできっちりと穴が塞げているか確認するわけだ。よし、うまくいっている。これでしばらくは隠し通せる。

ただ、ずっとこの応急処置の状態を続けるのも不自然かもしれない。だがしかし、手を動かしてすぐにチャックを上げたとしてもやはり周囲の人に気づかれる可能性がある。ここは、無理に根本的な問題解決を図るよりも、その時を待ち、現状維持をしたほうが良さそうだ。左手がずっと股間部に置かれている人がいたっておかしくはないだろう。

では、いつ閉じるのか。チャックを閉じるという動作を単独で行うから、そこに注目が集まりやすい。やはり、他の動作に伴って大きな流れに乗せてさり気なく金具に手をかけて、そしておもむろに一気に上げるのが良いだろう。バスが目的地に着くまでの時間は約20分。耐えられないこともない。体勢的にも辛くはないのでこのまま押し通して、立ち上がる瞬間に決めてやろうと思った。

市街地に近づくに連れて、バスの乗り降りも盛んになってきた。しかし、問題はない。その穴は完璧なまでに左手でカバーされていて誰の目にさらされてもいないのだから。

次が目的地というところで、頭の中でシュミレーションを始めた。立ち上がりつつ前かがみの状態になり、左手は股間部に構えたまま、右手をすばやく添えて、そして上げきる。達成するんだ。そう誓った。

そして、ついにその時がやってきた。

両手が使えない状態でよろつくのは危険なので、しっかりとバスが停車したのを確認し、頭で描いたとおりの動作に移った。立ち上がりながら寸分の狂いもなく、そしてすばやく右手の親指と人差指でジッパーの金具を掴む。私が想像していたところにドンピシャリとその金具があり、しっかりと掴むことができた。時折金具が立ったような状態になり、正確につかめないこともあるが今回は難を逃れた。日頃の行いの良さは、こういったときに自分に帰ってくる。

そして前かがみの姿勢から背筋を伸ばす動作と全く同時に右手も引き上げた。一度に、完全にてっぺんまで上がりきり、それまで穴を覆い隠していた左手はジャケットのポケットにスライドし、降車のためのICカードを手にとった。役目を終えた右手は、ぶらりと脱力をするように体の横に移った。

完璧だったとしか言いようがない。

達成感でニヤリとしてしまいそうではあったが、平常心を保ったままICカードを所定の位置にかざし、どうもと軽く運転手に礼を言ってからバスを降りた。バスから降りるときは、ほぼ必ず運転手に感謝の意を込めて、それでいて重たすぎない「どうも」という声をかけるようにしている。

今回のどうもは、運転手に対してだけではなく、この現場を見守ってくれていた神にも感謝の気持ちを伝えていたのかもしれない。無宗教という立場をとっているが、成功の喜びは誰かと分かち合いたいものである。たとえ神を信仰していなくとも。

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