日記

2年ぴったりで中小企業を退職した話。31歳、3回転職、今無職 5/6

2019/03/06

さわり

第五回は、中小企業編。それまでの記事は以下の通り。このページから読み始める方は先に以下から読むことを推奨。

  1. 31歳、転職を繰り返し、会社を3つ辞めて無職になった話。1/6
  2. 1年と少しで新卒で入った会社を退職した話。31歳、3回転職、今無職 2/6
  3. 5年ぴったりで外資系企業を退職した話。31歳、3回転職、今無職 3/6
  4. 半年弱 職業訓練校に通い退校した話。31歳、3回転職、今無職 4/6

中小企業の仕事はどんなものだったのか。

また就職。

2017年2月。今度は地元の中小企業に勤めることになった。その会社を選んだのは、今までの仕事で学んだものを活かせそうだということもあったが、なにより早く就職して無職を脱出、そして実家から出るためだった。いくつか適当に転職サイトからエントリーし、ちょうど求人が出ていたその会社に入ることにした。

給料はそれまで勤めていた企業に比べれば大きく減った。しかしながら給料はそれほど重要な項目ではなかったので特に気にならなかった。面接での話を聞いてみるとそれほど残業もなさそうで、まったりとした生活ができそうな印象であった。部品調達の業務をすることになるらしい。

2月中旬から労働を再開した。会社員生活をするのはおよそ半年ぶりだった。相変わらず毎朝決まった時間に起きて出社するのには苦痛を感じたが、会社員に戻った以上しかたがない。

初日は各部署での自己紹介をした。全体で50人弱程度の小さな会社であったため、それほど時間はかからなかった。オフィスには自分の席が用意されていた。パソコンと筆記用具、ノートなど準備してくれていたようだ。

研修

入社して一週間くらいは設備や規則の説明を受けているだけで終わり、翌週から研修が始まった。研修とはいっても、今までのようにプログラムが存在せず、完全に自習スタイルだった。当時勤めていた会社の製品を構成する部品点数は数千点を超え、その数千点にも及ぶCAD図面をひたすら眺めていた。CAD図面を見ることが初めてだったのではじめは理解に時間がかかったが、徐々に慣れていった。

そして驚くことに、その研修のようなものは一年弱続いた。ちょうど大きな仕事がなく、全体として業務が停滞気味で、OJTでのトレーニングを始める予定が狂ったようだった。大半の時間はオフィスで図面を見ていて、なにかちょっとした雑務があればそれをするだけで時間は過ぎていった。

業務が少ない時期は当然残業もほとんどまったくなかった。年間残業時間は5時間程度で、よほどのことがない限り毎日定時ぴったりに帰宅していた。月間ではなく、年間で5時間だ。もちろんサービス残業はしていない。入社前に考えていたような仕事量の少ないまったりとした会社で、自分にはちょうど良さそうに感じた。

入社後一年がたち徐々に仕事が増えてきた。それでも残業時間は変わらずまったりとした生活を送っていた。材料調達の仕事も少しずつするようになり、研修から徐々に実務に移りつつあった。

はじまる実務

材料調達の仕事は今までしたことがなかったので、最初は新鮮だった。数量がなにせ多いので、正確にかつスピーディーに発注をする必要があった。入力、管理を補助するシステムも一応導入されていたが、かなりの部分は手入力の精度に依存していた。

新しいことをはじめたばかりは、注意深く業務を行うことができたが、慣れてくるに従いミスが目立ち始めた。数量であったり、品名であったり、納期であったり入力の精度はどんどん落ちていった。新卒で働いた会社でもそうであったように、この手の単調な反復作業は苦手なようだ。そういった業務にストレスを感じ始めていた。

ちょうど二年目になろうとした頃、いつもどおりの代わり映えのない仕事をしていると、内職作業のようなものをするように指示があった。ボルトに必要なナットをいくつか組み付ける仕事だった。内容自体は誰でもできる簡単なものであったが、600個もの部品の準備をする必要があった。

既におもしろみのない反復作業には嫌気が差していたところで、今度は種類が少し異なった作業が降ってきた。とりあえず仕事を進めたが、面倒な作業を繰り返すことのストレスに耐えられずに、貧乏ゆすりが止まらなくなった。あ、これはもう無理っぽいなと思い、その日に上司に辞意を伝えた。

そして、また、退職

常々働かない選択肢もあると思っていたので、衝動的とは言えないかもしれないが、最近は自分の体の声に耳を傾けるようにしている。常識的に考えて次が全く何も決まっていないのに退職することはあってはならないことだろうが、全て遮断した。

例によって、退職の引き止めはあったが、単調で面白みのない仕事を続けることに意味を感じなかったので、気持ちに変化はなかった。退職も三度目となると特に緊張もしないし、流れもつかめているのでスムーズにことは進んだ。

退職することを口に出してからは毎日の生活が楽しくなった。経験者ならわかることではあるが、退職をすることを伝えると仕事量が急激に減ってくる。継続的な仕事はもう残りの勤務日が短い人間に回してもしかたがないからだ。最終出社日2週間前辺りからはもうほとんどやることはなくなっていた。ちょっとした作業がある日もあったが、PCの前に座り時間が経つのを待つだけの日が続いた。

ごく最近まで勤めていたので、何か他にも書くべきことはあるかと考えてみたが、特に何もない。本当になにもしないで終わった中小企業勤務だったと思う。給料もだいぶ薄まったが、仕事の濃度は3%程度にまで薄まっていたように感じる。3%の薄い仕事をしながら給料が支払われていたことを考えると優良企業だと思う。

結びに

これまで、3つの会社で働いてきた。振り返ってみればどこもいい会社だったと思う。

新卒で働き始めた会社は年間休日日数が他の企業よりも一週間長く、とても安定していた。二社目の外資系企業は業務量、質ともに求められるものは多かったが、給料も高く若いうちから様々な経験を積むことができた。三社目の中小企業は、軽作業をするだけでそれなりの給料が支払われ、残業もほぼまったくなかった。

それでもどこかに不満を感じて辞めてきた。環境の異なる三社で働いてどれも続けれられないのは、私自身が会社員としての生活に適応できていない部分が大きいだろう。

というわけで、この約10年で3つの会社で働き、その3つ全て退職した。無職となった今、どんな暮らしと展望があるのか。それは次の記事で。今、無職になった話。31歳、3回転職、今無職 6/6

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