日記

ミニマリストという幻想、目的と結果の逆転。

ミニマリストという言葉。

ミニマリストという言葉を聞いたことがあるだろうか。最近できた新しい言葉で、まだ定義らしい定義は存在しないようだ。朝日新聞とYahoo!辞書が技術提携して運営されている怪しいサイト「コトバンク」によると以下のような意味を持っているらしい。

持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人。自分にとって本当に必要な物だけを持つことでかえって豊かに生きられるという考え方で、大量生産・大量消費の現代社会において、新しく生まれたライフスタイルである。「最小限の」という意味のミニマル(minimal)から派生した造語。
物を持たずに暮らす人の意味では、2010年前後から海外で使われるようになり、その後日本でも広まったと見られる。何を持ち何を持たないかは人それぞれだが、少ない服を制服のように着回したり、一つの物を様々な用途に使ったりするほか、誰かと共有したり借りたりすることで、自分が所有する物を厳選している点が共通している。
少ない物で豊かに暮らすという考え方自体は、環境問題の深刻化などを背景に以前からあった。近年は、物だけでなく多くの情報が流通する中で、たくさんの物を手に入れても満たされなかったり、多くの物に埋もれて必要な物が見えなくなったりして生きづらさを感じる人たちが増え、自分にとって本当に大事な物を見極めて必要な物だけを取り込むことで楽に生きたいと共感が広がっているようだ。必要な物だけを持つミニマリストの思想は、10年頃から流行した整理法「断捨離(だんしゃり)」などにも通じる考え方と言える。

ミニマリストとは - コトバンク

前半部分だけ見ると自分の生活スタイルにかなり近いように感じる。ものはほとんど持っていない。いらないだろうと思ったものは持っていない。

例えば、テレビ。10年位前は、テレビはあって当たり前という考え方があった。その頃から一人暮らしを始めて、テレビがないと言うとよく驚かれたが自分にとっては自然なことだった。テレビ番組のなかで見たいと思えるコンテンツがなかったからだ。服や靴だってそうだ。気に入ったものがあれば、それを着潰し、そればかりをまた買っていた。色を変えたりすることはあったが、基本的には同じスタイルのものばかりだった。

なるほど自分の生活様式はそういう呼ばれ方をするのかと思ったんだが、全体を読むとそうではないらしい。ミニマリストというのはどちらかと言うと選択的に、意識的に持たないことを目指す生活スタイルのようだ。必要なものを理解し見極めて、本当に必要なものだけ手に入れる。あるいは、自分にとって本当に必要ではないものを捨てる。

人がどう暮らそうがその人の自由ではあるが、こういった生活思想を目指すことには違和感がある。

それは目的なのか、それとも結果なのか。

だいたいこういった考え方が広まるのは、その道を行っている先導者(扇動者と言ってもいいかもしれない)のような人がいる場合が多い。商業的なのか、自然発生的なのか、その出現の仕方は様々だ。その道を信じるものは、その先導者の真似をしたり、考えを取り込もうとすることによってその先に近づこうとする。

だが、そもそもそういった生活をしていた先駆者は、このミニマリストと一般的に呼ばれている生活を目指していたのかと言えば、そうではないように思える。既に形成された人格が下した判断に従って、ものの取捨選択をして、その結果彼らの生活はミニマムになっていただけなのではないだろうか。いくつかのインターネット上の記事を読んでみると、いらないものが増えてしまう人や、捨てられない人がその問題を解決する場合に、この考え方を取り入れようとしているが、とある結果として実現された生活様式を何かの目的を達成するための手段として用いることは理にかなっていない。そもそも日常的に持たない人がしている行動パターンを、持つことを主として来た人間が真似ることは、ただのストレスの根源になるだけだろう。

また、持たないほうが美しく機能的であるということに触れている場合もある。人の趣味嗜好というのは千差万別で一概にミニマムがいいのかマキシマムがいいかというのは語ることができない。皮肉めいた見方なのかもしれないが、こういった考え方を見て想起されるのは、ニーチェのルサンチマンという概念(社会的な弱者が一般的な社会感を否定して、逆転した価値判断を行うこと)だ。インターネットの普及とともに一億総中流なんてありえないことがわかり、持たざるもののできる精一杯の強がりがミニマリストという考え方のような気がしてならない。これはある種の防衛本能で、受け入れがたい現実を受け入れるための思想転換とも言えるだろう。そもそも、持たないことを良しとしている人はミニマリストという概念の実現を目指さず、結果としてそうなってしまっているのではないだろうか。

Appleの創始者のスティーブ・ジョブズもいつも同じような格好をしていたが、彼の場合はいちいち朝服を選ぶのが面倒でそうしていたと何かの本で読んだ。いかにもIT系の経営者らしいクールで効率的な考え方だ。決してものに埋まって、必要なものが見えなくなるのを避けるためではない。彼の生活様式の先に自然に存在したのが、ミニマムな「服選び」であったにすぎない。まあ、そもそもとんでもなく巨大な企業の頂点にに立つような人間、つまり会社の経営権を持っている人間が、持たない思考のミニマリストであるはずもなかろう。だが、そんな彼がミニマリストの代表的な存在と呼ばれることもあるようだ。

言葉の定義が不明確ゆえ、言葉だけが先歩きしているようにも見えるが、このミニマリストという生活様式はなんとも嘘くさい。

そうは思わないかね。

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